最高傑作。
人生で最初にハマった小説家といえば、
日本人だと阿刀田高。
ショートショートの第一人者。短いストーリーに凝縮された"奇妙な味"を、当時手当たり次第に読み漁った。何編かは【世にも奇妙な物語】等で映像化されたので、見たことある人もいるかもしれない。「誰かに似た人」「屋上風景」「干魚と漏電」...
でもなぜか、今でも強烈に憶えているのは、映像化もされていない短編集の中の一編。
「田代湖殺人事件」という作品。
ある作家のところに、一人の青年が作品の持ち込みにやって来る。一年かけて書き上げたというそのミステリー小説は、原稿用紙4枚程度。内容も文章も稚拙。それを自信満々に持って来た青年に、作家はある種の狂気すら感じる。
結局作家は「作家以外の道を探した方がいい」旨の手紙を青年に送り、原稿を焼き捨てた。しばらくして、青年が自殺したという知らせを聞く...
その後、作家は忘れ去っていたその事を、小池恵子という女性に出会って思い出す。
あの小説の登場人物と同じ名前...
「私の名前、面白いでしょ。上下どちらから読んでも"コイケ ケイコ"。回文って言うのかしら...」
もしかしたら...
作家はかろうじて、あの小説の冒頭と最後を思い返す。
それは、見事に回文になっていた。
...あの小説が、全文回文になっていた?違うだろうか、あの名作...
もしそうだとしても、今更読み返す術は、ない。
全文回文の小説。
その、ほぼ実現不可能であろう"知力の結晶"への憧れが、今もこの話を忘れない一因かもしれない。
きっと青年にとって、全身全霊を注ぎこんだ最高傑作。だからこそ、それを否定された時、彼は命を絶った。
その意味では、この彼を羨ましいとさえ思う。
それほどのものを生み出せたのだから。
自分は一生で"最高傑作"を生み出せたのだろうか?もしくは、生み出せるのだろうか?
畑は違えど、同じ言葉を紡ぐ者として。
「田代湖殺人事件」収録 : 【妖しいクレヨン箱】
「干魚と漏電」収録 : 【夢判断】
「屋上風景」収録 : 【明日物語】
「誰かに似た人」収録 : 【食べられた男】